[伊藤と小川原が大学時代を福島で過ごし、郡山のイタリア野菜に出会った話。300〜400字]
[スーパーには並ばない野菜が、食べ方を知らないまま畑に残っていること。食の画一化への違和感。200字ほど]
[伊藤と小川原が大学時代を福島で過ごし、郡山のイタリア野菜に出会った話。300〜400字]
[スーパーには並ばない野菜が、食べ方を知らないまま畑に残っていること。食の画一化への違和感。200字ほど]
イタリアの食卓は、
食後のコーヒーで締めくくります。
野菜をおいしく食べて、最後に一杯。
野菜とコーヒー豆をいっしょに届けるのは、
その時間ごと手渡したいからです。
フラスコは、サイフォンでコーヒーを淹れる器。
お湯がのぼり、粉とまじり、またかえってくる。
畑と食卓のあいだも、
そんなふうにめぐる場所にしたいと思っています。
食べて、伝えて、また畑へ。
福島の畑で育ったイタリア野菜を、あなたの台所で。焼いて塩だけでも、立派な一皿です。
「こうして食べた」をひとつ送ってください。食べ方は、人の数だけあります。
届いた声は、次に手に取る人の手がかりになり、農家さんのもとへもかえっていきます。
あなたの食べ方、
シェアしませんか。
作った料理の写真とひとことを送ってください。サイトで紹介して、次にその野菜を手に取る人の参考にします。
Share your plate食べ方を送る福島の季節を、ひと皿に。